激動。
まさにそんな一年だったように思う。忘れたいこと、忘れられないこと、絶対に忘れたくないこと……本当に沢山のことがあった。
今日、12月31日でその2011年も終わる。
「総括」ということで、その激動の一年を振り返っておきたい。
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2011年(平成23年)3月11日14時46分18秒(日本時間)、宮城県牡鹿半島の東南東沖130kmの海底を震源として発生した東北地方太平洋沖地震は、日本における観測史上最大の規模、マグニチュード (Mw) 9.0を記録し、震源域は岩手県沖から茨城県沖までの南北約500km、東西約200kmの広範囲に及んだ。この地震により、場所によっては波高10m以上、最大遡上高40.5mにも上る大津波が発生し、東北地方と関東地方の太平洋沿岸部に壊滅的な被害をもたらし、日本にとっては2011年を象徴する出来事となった。(出典:Wikipedia)
1)2011.03.11 14:46:18
2011年3月11日14時46分18秒。
その時、僕は恐らく原チャリで移動中だったと思う。僕がいた地域は震度2か3くらいの揺れで、移動中だったためか、あまり地震自体には気付かず、その後合流した友人と飲食店に入って、そこで映されたテレビの映像を見て愕然とした。
悪夢でも見ているような光景。
それを現実と理解するまで少し時間が掛かった。
帰宅して、テレビとパソコンを見つめ続け、時々ツイッターでリツイートしたり、情報収集していたら、気付いたら朝になっていた。
震災からしばらくの間は、多くの方が亡くなり、行方不明になられた深い悲しみと、自衛隊、警察、消防、ボランティア、その他多くの方々が活動される感動・感謝・喜びと、行動としてほとんど何もできていない自分に対する苛立ちが複雑に入り交じる日々が続いた。
だけど、そんな僕個人の感情なんて本当にどうでもよくて、とにかく願うのは被災された方々が一刻も早く心安らぐ生活を送れるようになることである。
本当にそれだけを願っている。
2)福島原子力災害
マグニチュード9.0の地震、及び大津波は福島第一原発の事故という大災害をももたらした。原子力発電所や電力会社、電力政策等については事故後、数多の批判に晒されている。僕はそれに関してとやかく言うつもりはないし、というか東京電力の言動等に関する疑問については同意しているので、是非原発に対するスタンスにかかわらずフェアな立場で正すべきところは正さなければならないと思う。
正直、僕は福島原子力災害について、報道以外の情報にはあまり触れられていないし、またそれを読み解く専門的知識に欠けているので、言及できる立場にはない。だが、福島原子力災害以降、「脱原発」と「原発推進」という不毛な枠組みのなかで交わされている議論のなかで幾つか思うことがあったので、それについては言及しておきたい。
原発等に関する考えについては、ツイッターでもつぶやいてはいるが、それらのツイートは「脱原発」「原発推進」どちらかに入れられるのなら、恐らく後者になるだろう。だが、それは正確ではない。今後変わることもあるだろうが、現段階での僕の原発に対するスタンスは”将来的な脱原発依存には基本的に賛成”であり”急進的な脱原発に対しては断固反対”である。特に強調しておきたいのは僕が賛成するのは「脱原発」ではなく「脱原発依存」である。つまり、今のところ原発をゼロにするべきとは考えていない。
理由として、第一に現状では原発ナシでは電力不足に陥るという点である。脱原発派の人はよく「原発ナシでも電気は足りている」という旨の発言をされるが、では何故節電をするんだろうか。また、原発が稼働できない分、間違いなく火力発電所にその負担が掛かっている。それは福島原子力災害以降の火力発電所の故障を見れば明らかであろう。加えて、我が国は電気がなければ社会が回らない構造である。無駄遣いは改めるべきではあるが、国内産業を支えるためにも電力は潤沢に使える必要がある。既に不景気だというのに節電を強いられるようでは、企業の”亡命”が加速し、更に景気が悪化する可能性もある。それが復興の足枷になってしまう可能性も、である。
第二に、エネルギー政策は中長期的な計画に基づくのが大前提だと考えるからである。急進的なエネルギー政策の転換は絶対にすべきではない。必ず中長期的な視点に立ち、将来を見据えた上で議論を交わすべきである。福島原子力災害以降、しばしば「地震大国の日本に原発は適さない」という指摘がなされている。確かにその指摘に納得する点もあるのだが、そうではない部分も多い。特に思うのは、そもそも日本に適している発電方法などあるのだろうかという疑問である。地震大国の日本に原発が適さないのであれば、メタンハイドレート等に期待されているが、現状では資源のない日本には火力発電はそぐわないし、大量に電気を消費する日本には安定供給の点に問題のある自然エネルギーなどそぐわない。結局、日本に適した発電方法など現時点ではないのではないだろうか。当然、リスクの大小はあるから、そのリスクをいかに軽減するかという点が重要となる。今後、原発に対するスタンスにかかわらず、そういう観点で議論が進むことを期待する。
更にこれは理由として挙げるべきではないとは思うが、脱原発・反原発の言動に一切共感できないという点がかなり大きい。たとえば、ある国立大学の教授が福島を差別するツイートを連投したことで炎上状態になった。彼はこのあとも同様の言動を続けているが、僕は決してこのような行動は支持できない。また、脱原発・反原発デモで「葬儀デモ」というのが行われたりもした。東日本大震災で数多くの方が亡くなり、未だに行方不明の方も数多くおられるというのに、何故そういう言動ができるのか、本当に神経を疑う。当然、こういうどうしようもない脱原発・反原発の人間はごく少数だと信じてはいるが、こういう人間が支持されている時点で彼らを見限っている。
だからこそ、僕は急進的な脱原発には徹底して反対する。
今後の原発議論に関して期待するのは、決して福島を差別することなく、原発に対するスタンスにかかわらず、とにかくフェアに将来を見据えた議論をすることである。
3)国内外からの支援
東日本大震災に際して、諸外国から数多くの支援や温かい想いが届けられた。
「親日国」として有名な国から、国名程度しか知らなかった国、申し訳ないが国名も初めて聞くような国からも多くの支援や想いが届けられたのは、本当にありがたいことであり、感謝の念に堪えない。
彼らのためにも必ず日本は復興し、今後彼らの発展に寄与することが日本の責務だろう。
僕個人としては、特に台湾に対する感謝が本当に大きい。有志により企画された「謝謝台湾計画」で少しでも感謝の気持ちが届いていれば幸いである。御礼も込めて、いつか必ず台湾に足を運びたいと思う。
「がんばれ日本! 世界は日本と共にある」(世界各地でのエピソード集)
「謝謝(ありがとう)台湾」 感謝広告の募金に1800万円、ツイッターで広がる
4)復興へ
復興は少しずつだが、一歩ずつ進んでいる。
政治の問題、福島原子力災害による問題、それ以外にも多くの課題が残っている状況ではあるが、一歩ずつ進んでいくしかない。大切なのは、僕ら国民がこの現状に真摯に向き合い、何ができるのか真剣に考えること、そしてこの悲しい経験を将来に活かすしかないということである。もう「想定外」なんて言葉は許されない。
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ところで、財団法人日本漢字能力検定協会が選ぶ「今年の漢字」に「絆」が選ばれた。また、ユーキャン新語・流行語大賞の候補には「がんばろう日本」が挙げられた。
これについて、僕は正直複雑な思いだった。「絆」や「がんばろう日本」は、それ自体は意味のある言葉だと思う。しかし、震災を踏まえてのこの言葉は、使い手によって大きく意味の異なる言葉だと感じる。
被災者と非被災者。それぞれによって大きく意味が異なる。僕は前者が使う「絆」や「がんばろう日本」については心から共感できるし、継続して支援していきたいと思う。だが、後者については何とも言い難い。
震災により生じた多くの瓦礫が復興の足枷になりつつある。「がんばろう日本」という言葉を使うのであれば、瓦礫の処理を手助けするのが当たり前だろう。しかし、現実はそうでもない。当然、福島原子力災害もあることから、瓦礫の放射性物質について敏感になるべきだとは思う。しかしながら、一般ゴミと同程度の放射性物質しか含まない瓦礫までも受け入れを拒否するのが「絆」なのだろうか。
ツイッターで一方的にフォローさせていただいているある方が「放射性物質を含まない瓦礫の受け入れも徹底的に拒否するし、福島を差別するけどがんばろう日本」というツイートを皮肉を込めてされていて、僕は言い得て妙だと思った。
僕は一般ゴミと同程度の放射性物質しか含まない瓦礫については、間違いなく日本全体で協力して受け入れるべきだと考えている。主に脱原発派が「穢れ」として扱っている瓦礫も、元々は人々が生きた証である。捨てたつもりもなく、そうならざるを得なかった生きた証である。それを「穢れ」として扱い、受け入れを断固拒否する正当性が一体どこにある?
僕は極端に放射性物質を含んだ瓦礫を受け入れろと言っているわけではない。一般ゴミと同程度の瓦礫は積極的に受け入れるべきと言っているにすぎない。それでも拒否する彼らの正義は一体どこにあるんだろうか。
本当に「絆」や「がんばろう日本」と思うのであれば、被災地を差別する必要などどこにもない。「穢れ」でもなんでもない生きた証を拒否する理由などどこにもない。
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繰り返しになるが、僕は被災された方々が一刻も早く心安らぐ生活を送れるようになることを切に願っている。復興のため、できることは何でもしたい。